~ザ・フォーク・クルセイダーズ
どれくらいの人にとってかわかりませんが、大事件です!
今日23時頃に帰宅して晩メシ食べているときに加藤和彦さんがなくなられたと言う訃報がブラウン管で…
最初はテロップにも亡くなられたとしか書いていなかったので病死だと思いながらも、3年前にはあのサディスティック・ミカ・バンドの復活でアルバムを出し、ファンを喜ばせていた頃から間がないし、お元気だったと思っていたのに…そんな風に捉えていた矢先にTVの中のアナウンサーから自殺と言う言葉が…
一瞬茫然としてしまいました
Led Zeppelinの記事をアップしたばかりでしたが、緊急追悼記事を書かせていただきます
加藤和彦さんに関する記事は、以前に2つ(間接的にもう1つの計3つ)書いていますがその記事はこのあとのリンクを参照してください
加藤和彦さんと言えばザ・フォーク・クルセダーズ(最初はクルセ『イ』ダーズ)時代か、メンバーだった北山修さんとの「あの素晴らしい愛をもう一度」ですね
「あの素晴らしい愛をもう一度」はおいらも中2の合唱コンクールで歌いもしたし、よくアコギで弾き語りもしましたが、フォーク世代のまさに名曲ですね
知らない人はほとんどいないのではないでしょうか?
そしてあの松本伊代もカヴァーで歌った「悲しくてやりきれない」は政治的配慮により発売直後に販売中止となった「イムジン河」に代わってリリースされたもの
後者は音源がないので〈続きを読む〉で映像と共にご紹介しています
おいらは「イムジン河」の方をあとで知ったのですが、あれ?「悲しくてやりきれない」に似てるなぁ~と思ったら…
この疑問の答えを知りたい方は〈続きを読む〉で~^^
「青年は荒野をめざす」はおいらが中2のときにアパートのお隣のご主人に貸していただいたフォークオムニバス全集の中にあって、初めて聴きました
おいらはこの頃はHR/HMよりもフォーク/ニューミュージックが大好きでしたから、妙に惹かれた曲でした
そうなんです、バリバリのフォーク少年でした(^^ゞ
これら3曲はいかにもフォークって感じの名曲たちですが、最後の「水虫の唄」は「帰って来たヨッパライ」に近いちょっとコミカルな曲です
以前紹介したカメとアンコーヴァージョンのオリジナルなんです
そしてザ・フォーク・クルセダーズとしてではなく、ザ・ズートルビー(日テレ系『笑点』で座布団係の山田隆男のがいたのはずうとるび^^)としてのリリースでした
メンバーのプロフが面白いんですよ~
おそらく加藤和彦→河田藤作 はしだのりひこ→河田熊悟郎 北山修→足柄金太
で、みんな種子島出身らしい…笑
ザ・フォーク・クルセダーズは日本のThe Beatlesとも言われていましたが、ジャケットを見てもらえばお分かりのようにスペルはThe Zootolvyなんですねぇ~
しかし確かに彼らのやって来た音楽性は画期的なものが多く、後の日本の音楽シーンに多大な影響を与えています
そんな偉大なメンバーの1人である加藤和彦さんの訃報は残念でたまりません
自ら命を絶たれた理由は遺書があったと報じられているもののまだわかっていないようです
日本のポップス界を引っ張ってこられた方たちがここ数年でどんどん他界されていて寂しくなっていきますね
加藤和彦さんのご冥福を祈ると共に、多くの素晴らしい音楽を与えていただいた感謝を込めてこの記事を残します
ゆっくり休んでください
♪ イムジン河~ザ・フォーク・クルセダーズ
発売当初、政治的配慮という理由の元に発売中止となったこの曲は、北朝鮮の曲に松山猛さんが日本語詞をつけ加藤和彦さんが持ち歌として歌っていたものです
詳しくはこちら→「イムジン河」についてを参照してください
「悲しくてやりきれない」との関係もわかりますよ(^^♪
Johnさん、こんにちは。
加藤和彦さんの訃報は、
昨日、美容院にいて、
そこのラジオのニュースで知りました。
彼のことは、ほとんど知りませんが、
「あの素晴らしい愛をもう一度」はよく知っている曲です。
いい曲を書かれてたんですよね。
ご病気でなく、自殺だったというのが悲しいです。
ご冥福をお祈りいたします。
投稿情報: Shannon | 2009/10/18 13:41
Shannonちゃんおこんち~(^^)/
加藤和彦さんはフォーク世代というか、おいらよりももう少し上の人たちにとってはスターだったと思うよ
派手さはなかったけどとても大きな存在を示した方でした
彼のことはよく知らなくても「あの素晴らしい愛をもう一度」は知っている…
おそらくこの先もそういったShannonちゃんみたいな人がい続けると思うんよね
それってすごいことなんよね
ホンマに残念です
投稿情報: John | 2009/10/18 14:08
毎度です。
私も、びっくりしました。また大物アーチストが逝ってしまいましたね。
新しい物が出来ない・・・・という理由?での覚悟の自殺だったようですね。残念です。
私にとっては、かなり影響を受けた人なのですよ。
中学生の頃に、オープンリールのテープレコーダーで、ラジオから流れてくる「帰って来たヨッパライ」を録音してました。で、まねして、回転数早くしたりして自分でもうたってましたよ。
拓郎さんに、影響を与えたミュージシャンでもあったので、本当に残念に思います。
私も、追悼記事を、思わず書いてしまいましたよ。
謹んでご冥福を、お祈りいたします・・・・・
投稿情報: mick | 2009/10/19 15:43
mickさんまいど~(^^)/
当然のことですが、おいらよりも思い入れが深そうですね
正直おいらがリアルタイムで加藤和彦さんの歌を聴いたのは
「絹のシャツを来た女」でしたから、おしゃれな曲を書く人やなぁ~という第一印象でした
彼の曲とは知らずに小さい頃から歌っていた「帰って来たヨッパライ」は
ある意味名曲ですね
だって子供にも覚えやすくてインパクトがありましたから^^
ホンマ近年大物ミュージシャンが次々に亡くなられて寂しいです
投稿情報: John | 2009/10/19 19:09
「あの素晴らしい~」、知っていました。
ニュースで知って私は加藤和彦さん自体は全然
知らなかったんですが~
主人がびっくりしていましたねー。。。
ご冥福をお祈りします。
うつ病だったとか。。。
投稿情報: もちゅみ | 2009/10/20 18:43
もちゅみさんおこんばんは~(^^)/
もちゅみさんも名前だけではピンと来なかったんですね^^
そういう方もたくさんいらっしゃると思います
加藤和彦さん個人としてはそれほど知名度は高くなかったのかも…
もちろん世代的なことと音楽への傾倒の仕方にもよりますが^^
鬱病にもいろいろあると思いますが
彼は仕事…音楽に関してが強かったんでしょうね
まぁいろいろ積み重なった結果なのかも知れません
おいらもまだ完全に抜けていない鬱ですが
気持ちをそればっかりに持っていかれないようにしています
それにしても残念です
やはりケラチンさんは
加藤和彦さんをご存知だったんですね
投稿情報: John | 2009/10/20 19:39